最後の一兵(再編集)
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Published 2022-07-22
聞き取り協力:JK1ACRさん
昭和12年8月9日、第二次上海事変のきっかけとなった大山事件(上海海軍特別陸戦隊中隊長の大山勇夫海軍中尉と斎藤與蔵一等水兵が殺害された事件)が発生
作詞者の松島慶三(海野啓一はいわゆるペンネーム)は8月12日におこなわれた大山勇夫(死後、大尉に昇進)の海軍葬儀に出席しています
(松島慶三は当時現役の海軍中佐で、昭和8年ごろ陸戦隊の参謀だったとのこと)
この葬儀で弔辞を読んだのが大山大尉の同僚の中隊長だった貴志金吾中尉で、彼をモデルにした映画「上海陸戦隊」でこの時の様子が再現されている
貴志中尉は上海陸戦隊本部北方の広中路で夜襲してきた支那軍を相手に「大山の敵は必ず俺が打つ!」と叫びながら激戦を展開、昭和12年8月16日午前9時ごろ、壮烈な戦死を遂げた。享年27
松島慶三は、貴志金吾が戦死した日の朝に土嚢陣地で彼と言葉を交わして挨拶していたようです
そのためか、「壮烈貴志中尉の歌」という曲の作詞もしています
• 壮烈貴志中尉の歌